日本貿易印刷の本社。6階建ての白い社屋と、隣に並ぶ工場の建物

1915 – 

1915年、英字新聞の発行から始まりました。

大正時代に新聞社として創業し、印刷会社になり、いまはお客様の課題解決を支援する仕事をしています。約110年のあいだに何度も姿を変えながら、何を積み重ねてきたのかを、5つの転機でたどります。

写真:本社(横浜市戸塚区)2025年4月撮影

19151915 – 1945

英字の貿易新聞から始まった

Japan Trade Daily Report

1915年(大正4年)、横浜・山下町(中区)で「日本貿易日報」社として創業しました。第一次世界大戦で日本の輸出が急に伸びていたころです。横浜港を中心に、貿易と船舶の最新情報を英語で伝える日刊紙「Japan Trade Daily Report」を創刊し、東京、神戸、大阪、名古屋の貿易会社や外資系の銀行、領事館、商社、石油会社にお届けしました。

1923年の関東大震災で、社屋と印刷機を失います。再建した後も、太平洋戦争が近づくと英字新聞は統制を受け、1941年には英語が敵性言語とされて廃刊に追い込まれました。それでも、いつかまた欧文の印刷が必要になると考え、代わりのきかない欧文活字を木箱に詰めて、鎌倉の土の中に埋めて守りました。

19471945–1956

土に埋めて守った欧文活字で印刷事業を再開

1945年5月の横浜大空襲で、当時の社屋も焼けました。1947年(昭和22年)4月、横浜・永田町(南区)の長屋を工場に改造し、「日本貿易印刷」社として事業を再開します。使ったのは、焼け残った数台の手差し印刷機と、掘り出した欧文活字でした。

空襲により、横浜市内の欧文印刷会社は欧文の設備を失っていましたが、当社には土に埋めて守った活字がありました。そこへ、戦前から取引のあった外資系の石油会社が次々に戻ってきます。

スタンダード・バキューム石油、シェル石油、カルテックスなどの欧文印刷を引き受け、輸出用の家電製品の取扱説明書も手がけました。自転車で営業、リヤカーで納品する日々を経て、1955年に株式会社へ改組し、横浜・真砂町(中区)に新しい社屋を建てています。

縦長の木の看板。墨で「日本貿易印刷社」と書かれている

日本貿易印刷社の看板。1947年から、1955年に株式会社となるまで使った社名です。

19571957 – 1972

ガソリンスタンドの事務効率化を伝票と研修で支援

1950年代の半ばになると、欧文印刷の注文は少しずつ減っていましたが、石油会社との対話から、日本にも本格的な車社会が来ると判断、1957年、主力の商品を給油伝票に絞り込みます。

当時のガソリンスタンド(SS)では、給油のたびにカーボン紙を挟んで伝票を複写する作業をしていました。当社は内外カーボンインキ社と共同で、伝票の裏に直接カーボンを塗る技術を開発し、現場の手間を大きく削減する製品を生み出しました。

ここで当社は、伝票を売る会社から、SSの事務効率化を支援する会社へと役割を広げます。1962年、営業担当をSSの経営事務コンサルタントとして育てる研修を始めました。1963年からは石油元売会社と連携し、SSの経営事務や会計処理、帳票の使い方まで指導しています。発売されたばかりの小型車「パブリカ」に乗り、高速道路がまだ整っていない時代に、全国のSSを一軒ずつ訪ねました。

1965年には、全国のSS経営者に情報と商品を届ける情報通販誌「SSファミリー」を創刊します(現在も同名のカタログを継続発刊中)。1960年代後半には、全国のSSの約70%で当社の帳票が使われるようになりました。1970年、本社と工場を現在の横浜・上矢部町(戸塚区)に移転致しました。

長机に座った受講者たちと、前に立つ講師。黒板のある研修室のモノクロ写真
トレーニングセンターでの研修(1963年)
新聞形式の紙面2枚。題字に「SSファミリー」とある
タブロイド判のころの「SSファミリー」

19731973 – 2012

伝票からカード発行、個人情報を預かる仕事へ

SSの事務がPOSシステムへ向かうとみて、1973年、POS用の伝票とPOSシステムで使われる磁気カードの発行業務を始めました。

1985年にはサーマルプリンターを導入し、カード1枚ごとに違う情報を印字できるようにしました。氏名や会員番号を載せたカードを作るということは、お客様の個人情報を預かるということです。

1998年にはVISAとMastercardのカード発行認定工場の資格を取得しました*。24時間監視や非接触ICカードによる入退室の管理などのセキュリティ管理システムもこのときに整えました。高度なセキュリティ対応の体制が整うに伴い、健康保険証、自治体の職員証、金融機関のキャッシュカードと、お任せ頂ける領域が広がりました。1998年から現在まで発行したカードは、累計2億枚を超え、現在も更に発行枚数を増やしています。

その間には、やめる決断もしています。2016年に始めたICタグ(RFID)の事業からはのちに手を引き、30年あまり続けたガラスや金属の彫刻の事業も終えました。印刷業の会社から、情報を扱うサービス業へと軸足を移すための判断です。
*現在は保有していません

緑の床の工場で、大型の輪転印刷機を作業員2人が操作している
高速多色輪転印刷機(マルチ5・6号、1995年)
ガラス張りの部屋に並ぶ、カードを発行する機械
カードの発行設備(1992年)

任されてきた仕事(抜粋)

1998年
健康保険証、社員証カードの発行を開始
1999年
大手クレジットカード会社のクレジットカードの発行
2003年
社会保険庁の保険証カードの発行
2000年代
大手地方銀行や信用金庫のキャッシュカード、大手ロードサービス会社の会員証の発行
2005年
横浜市の職員IDカード(顔写真入り)12万枚の作成

認証・資格

  • ISO 9001(2000年)
  • プライバシーマーク(2006年)

20132013 – 現在

印刷業から総合的なソリューションプロバイダーへ

SSのお困りごとは、事務の効率化だけでは解決できないものになっていきました。ガソリン需要が漸減傾向に転じ、競争が激化する中で、集客による売上拡大、新たな収益源の獲得、人材不足への対応等々、課題は尽きることがありません。

集客用チラシの印刷を受託していた販促領域について、2013年より集客イベントの企画や商圏分析・エリアマーケティングの立案などお客様の販促支援を本格的に行うようになり、現在は他商業施設との相互送客企画や顧客管理ツールの構築支援など業務範囲を拡げてきております。

2020年には、慢性的な人手不足問題に応えるため、ベトナム人整備士の紹介を始めました。2023年にはベトナムの国立大学4校と協定を結び、2024年からは登録支援機関として、特定技能の人材の支援も担っています。紹介先はSS併設の整備工場だけでなく、他の業種にも及んでいます。

2025年からは、AIを始めとする最新テクノロジーを活用したデジタルサービスの提供を始めました。特に、お客様の業務生産性をデジタルの力を使って向上する業務改善支援は強いお引き合いを頂いており、また、お客様はSS運営企業だけにとどまりません。この仕事は、業界黎明期から80年にわたってSSを支えてきた現場への知見、事務の効率化支援をお客様と一緒に考えてきた経験とカード発行サービスで蓄積してきた顧客基盤・信頼を礎に急速な発展を遂げています。

明るい執務フロア。低い収納棚が並び、奥で社員がパソコンに向かっている
2019年に内装を全面的に改装した本社のオフィス

積み重ねてきたもの

扱っているものは、英字新聞から欧文印刷、給油伝票、カード発行、販促支援そして人材サービス・デジタルサービスへと、何度も変わりました。そのたびに、経験・知見を着実に積み重ねてきました。いまの課題解決型サービスは、その積み重ねの上に成り立っています。

これから、テクノロジーはより身近なものになり、誰にでも使えるものになっていきます。そのときにお客様に選んでいただく理由は、110年という長い時間をかけて築かれた信頼関係だと私たちは考えています。お客様からの信頼という得がたい資産の基に、私たちはまた変化していく途上にいます。